昨日5月11日のお昼、漫画家の川口さんとXスペースでお話していました。
テーマは「不登校になったら、進路はどうする?」。
ランチタイムの50分。聞いてくださった方ありがとうございました。
松下 雅征(まつした まさゆき)
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聞き逃した方のために、というよりは、自分の頭を整理するために、ここで話したことを書いておこうと思います。 |
▼聞き逃した方向けに、当日のアーカイブは以下よりお聞きいただけます
https://x.com/i/spaces/1RJjpzeXonVKw
スペースの中で、一番伝えたかったのは、これでした。
不登校になったとき、まず多くの保護者の方は、学校の先生に相談します。担任の先生、学年主任の先生、スクールカウンセラーの先生。
それ自体は、自然なことだと思うんです。
ただ、それ「だけ」になると、視点が偏ります。
私の知人で、ある高校の先生がいるんですけれども、その方から聞いた話があって。
ある生徒が、「学校が合わないから、転校したい」と相談したそうなんです。担任の先生はもちろん、ちゃんと受け止めて、上の管理職の先生にあげて、面談を重ねて。
でも、転校が実際に決まったのは、その相談から半年後だったんですよ。
子どもにとっての半年って、とても長いんですよね。
その知人の先生は、当時、ご自身は担任ではなく、横目で見ていた立場だったので、「早く決めてあげたらいいのに」と思っていたそうです。
でも、できることは限られていた、と。
ここで誤解してほしくないのは、これは学校の先生が悪いという話じゃないんです。
学校の先生からすると、生徒がいなくなることは、当たり前ですが、いい話ではありません。
「もう一度、今の学校でやってみないか」と引き止めようとするのは、組織の中に立つ人として、ある意味で当然の動きです。
これって、大人の世界でも、まったく同じ構造で起きていますよね。
会社を辞めたいと上司に相談したら、「もう少し、違う部署で考えてみないか」「こういう視点もあるんじゃない?」と引き止められる。それは会社視点からすると、自然なことなんです。
でも、一つの会社、一つの組織にだけ相談していると、視点が偏ってしまう。本当に自分にとっていい場所なのか、わからなくなる。
これは大人で起きていることと、学校で学ぶ子どもで起きていることが、地続きの話なんだなあと、知人の先生の話を聞きながら、思いました。
スペースの中で、川口さんが「依存先」という話に触れてくださって、これが私はすごく嬉しかったんですよね。
「自立」って、よく独り立ちのことだと思われていますよね。誰にも頼らずに、自分の足だけで生きていく、というイメージ。
でも、私が尊敬する研究者で小児科医の熊谷晋一郎さんが、こんなふうに言われています。
自立とは、依存先を増やすことである。
熊谷さんご自身、新生児仮死の後遺症で脳性まひがあり、車いすで生活されている方です。ご自身の経験から、こう説明されています。
健常者は何にも頼らずに自立していて、障害者はいろいろなものに頼らないと生きていけないと勘違いされている。けれども真実は逆で、健常者はさまざまなものに依存できていて、障害者は限られたものにしか依存できていない。
これ、すごく腑に落ちる話でして。
学校しか依存先がない子どもにとって、その学校に行けなくなる、ということは、世界がなくなるのと同じなんですよね。
社会から隔絶された気がする。所属する場所がない気がする。
ところが、もし学校以外に依存先があれば、まったく景色が変わるんです。
たとえば、地域のボランティア、教会、ボーイスカウト、SNSのコミュニティ、おじいちゃんおばあちゃん、親戚のお兄ちゃん。何でもいいんです。
学校に行けない自分にも、ちゃんと居場所がある。そう思えるかどうかが、子どもにとっては、本当に大きい。
スペースで川口さんが、ご自身のお子さん(中学2年生)の話をしてくださって。
川口さんのお子さんは、現時点では転校していません。普通の公立の中学校に在籍されています。
でも、川口さんは、息子さんとオンラインの学校や通信制高校の学校見学にあちこち行っているそうなんです。学校を休んで、暇そうにしていた日に。
そうしたら、母の日にお子さんが、こう言ったそうです。
「お母さんが、受験の前にいろんな選択肢を見せてくれて、ありがとう」と。
中学校の先生は、もちろん仕事として、近所の偏差値に合った高校の進路を、もう中2から提示してくれます。それも、ありがたいんです。
でも、その先生たちは、通信制高校やオンラインの学校のことは、教えてくれません。「あんな選択肢もあるよ」とは、なかなか言われない。
だから、川口さんのお子さんは「学校って、こんなんしかないんかな」と、ふてくされていたそうです。
そこに、お母さんがいろんな選択肢を見せてくれた。
中2の息子さんが、自分から「ありがとう」と言うって、素敵な話ですよね。
川口さん自身、その選択肢が増えていく過程で、「実際に通うかどうかは別として、保険として、お守りとして持っている」感覚になった、とおっしゃっていました。
私が5月29日に出す『転校の教科書~学校にモヤモヤを感じたら読む本』は、まさにこのことを伝えたくて書いた本でした。
転校するかしないかは、究極的にはどちらでもいい。
ただ、「いざとなれば転校できる」「他の選択肢もある」と知っているだけで、今の学校生活が、ちょっと楽になる。
そして大事なのは、その「選択肢」は、今いる学校の先生だけに聞いていても、ぜんぶは見えてこない、ということなんですよね。
スペースの後半で、もう少し具体的な進路の話もしました。これは、不登校のお子さんを持つ保護者の方が、まず一番不安になるところだと思います。
ここだけは、ちょっと安心していただきたい話を、いくつかまとめておきますね。
そもそも、義務教育の「義務」は、子どもが学校に行かなければならない義務のことではないんです。大人たちが、子どもに教育の環境を用意しないといけない義務のほう。
なので、小中学校に在籍さえしていれば、出席ゼロでも卒業できます。卒業式に行かなくても、卒業証明書はちゃんともらえます。
日本の高校は、全日制・定時制・通信制の3つしかありません。
そして、この3つは高校卒業の条件が同じなんですよ。3年以上在籍、74単位以上取得、特別活動30単位時間以上。条件の満たし方が違うだけ。
なので、通信制高校を卒業しても、卒業証明書には「通信制」とは書かれていません。学校名と「○○高等学校 卒業」と書いてあるだけ。これは転校本にも実物を載せています。
通信制高校は、面接と簡単な作文程度で入れる学校がほとんどです。小中学校の出席日数や通知表が悪くても、入れます。
そして、卒業できない子は、学力の問題ではなく、本人の卒業したい気持ち(意欲)の問題が大半です。
少なくとも、私が経営しているユイロ高等学院(通信制高校サポート校)では、本人が卒業したいと思っているのに卒業できなかった生徒は、見たことがありません。
「小中も卒業できる」「高校も通信制で卒業できる」「卒業証明書に区別はない」「進学先もちゃんとある」
このことだけでも、知っておくと、ずいぶん気持ちが軽くなるんじゃないかなと思います。
人間って、「ここしかない」と思った瞬間に、ストレスが一気に強くなる生き物なんですよね。逃げ道がない、選び直す道がない、と感じることそのものが、しんどい。
逆に言うと、選び直せる道がある、ということを知っているだけで、今いる場所が、ちょっと楽になる。
大事なのは、その「選び直せる道」を、学校だけに聞かないこと。
学校の先生に聞きつつ、不登校の保護者コミュニティに聞き、通信制高校サポート校に聞き、フリースクールに聞き、塾に聞き、ご家族の親戚に聞き、SNSで聞く。
依存先と相談先は、たくさん持っていい。
それが、子どもにとっての、いちばんのお守りになるんじゃないかなと、川口さんとのスペースで、改めて思いました。
今日も松下のブログを読んでくれてありがとうございます。Xスペース、川口さんにお誘いいただいて、本当に良かったです。私一人で書いているだけだと「学校だけに、相談しない」って言葉までは、たぶん辿り着かなかった。川口さんの息子さんの母の日エピソードを聞きながら、頭の中でカチッと言葉になりました。
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