本には書けない話|13歳からの進路相談 著者・松下雅征のブログ

転校は逃げ?と迷ったら。転校する勇気が出ない理由|本には書けない話|13歳からの進路相談 著者・松下雅征

「転校したほうがいい。頭では、そう分かっているんです。でも、せっかく頑張って入った学校を辞めるのは、逃げな気がして。決められないまま、時間だけが過ぎていきます」

夏休みの終わりが近づくこの時期、転校の相談が増えます。話を聞いていくと、気持ちはほとんど固まっていることが多い。それでも、最後の一歩が出ない。

 松下 雅征(まつした まさゆき)

今回は「頭では転校したほうがいいと分かっているのに、心がついていかない」という方に向けて書きます。結論から言うと、決められないのは、あなたの意志が弱いからではありません。

ちゃんと頑張ったからこそ変えられない

転校の相談では、いつも似た言葉を聞きます。

「逃げなんじゃないかと思ってしまう」
「せっかく頑張って入ったのに、もったいない」
「親に申し訳ない」
「先生や友だちに、なんて言えばいいんだろう」

過去のブログ(『逃げ道』があるから、ここにいられる。)で紹介した生徒も

「サッカー推薦だから、部活を辞めたら学校も辞めなきゃいけない。親にも申し訳ないし、もう逃げ道がないんです」

と言っていました。

共通するのは、決められない人ほど、ちゃんと頑張ってきた人であること。頑張って入った学校。積み上げてきた出席や成績。「あの学校の生徒なんだね」という周りの目。先生や友だち、家族への申し訳なさ。これまで積み上げたものが多い人ほど、いまの学校を変えられない。まわりの人を大事にする人ほど、転校するという決断が重くなりやすい。

白状すると、私自身は、転校したことがありません。中学までは漫画家を目指していたのに、偏差値のレールを降りるのが怖くて、いわゆる「いい学校」に進んだ側の人間です。「せっかくここまで来たのに、もったいない」。この気持ちを、捨てきれなかった人です。

失う痛みは得る喜びの2倍ある

行動経済学に「損失回避」という研究があります。人は、何かを失う痛みを、同じものを得る喜びの約2倍の強さで感じる、という心の性質です(※1)。1万円をもらう喜びより、1万円を失う痛みのほうが、2倍近く強い。ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンたちが確かめた、人間に共通する仕組みです。

転校で得られるものが大きいと、頭で分かっていたとしても。いまの学校の名前、慣れた環境、積み上げてきたもの。「失うもの」のほうが、2倍ほど重く感じられる。そういう仕組みが、心に最初から組み込まれているんです。

だから、「分かっているのに、怖くて動けない」のは、考えが足りないからでも、覚悟がないからでもありません。人間なら、誰でもそうなります。怖いのは、あなたが弱いからではありません。

比べるべきは、これからのコストとリターン

経済学には「サンクコスト」という言葉もあります。すでに払ってしまって、どんな選択をしても戻ってこないコストのことです。

ここが、いちばん大事なところです。積み上げてきた時間や努力は、転校しても、しなくても、もう帰ってきません。残っても帰ってこないし、転校しても帰ってこない。だとしたら、それは「捨てるかどうか」を悩む対象ではなくて、どちらを選んでも同じ。比較から外していい項目なんです。

比べるべきは、これからのコストとリターンだけです。

このまま残ったら、これから何を払い続けるか。朝、体を起こすためのエネルギー。やりたいことに向かうはずだった時間。「学校がすべて」と思い詰めていく気持ち。現状維持は「失わない」選択ではなく、「失っているものが見えにくい」選択です。

これまでつらくて、このまま続けてもモヤモヤすることが確実に分かっているなら。転校するほうが、リターンが大きいかもしれません。

安全に見える現状維持が危ない理由

それでも現状維持を選びたくなるのは、「転校はリスクが高い」と感じるからだと思います。

たしかに、転校した後にどうなるかは、やってみないと分かりません。リスクを「変化の大きさ」だと考えるなら、転校は変化が大きいぶん、リスクが高い選択です。現状維持は変化が小さいぶん、リスクが低い選択です。

でも、よく見てください。その「リスクが低い」未来は、心と体をすり減らし続けることが、確実に分かっている未来です。結果が読めないから怖いのか。結果が読めてしまっているのに、そちらを選ぼうとしているのか。「危ない」という言葉の本来の意味で言えば、消耗すると分かっている現状維持のほうが、よほど危ない。

リスクが低いことと、安全なことは、別なんです。

転校後の不安は真面目さの証拠

転校の「どうなるか分からない」には、こんな不安も含まれていると思います。「決まった時間割がなくなったら、だらしなくなってしまいそう」「生活を自分で管理できる気がしない」「頼りっぱなしになって、家族に迷惑をかけたくない」。

この不安が出てくること自体が、真面目さの証拠です。本当にだらしなくなる人は、だらしなくなる心配をしません。迷惑をかけたくないと思える人は、すでに人を大事にできています。転校を「逃げかもしれない」と真剣に悩める人は、そもそも、逃げようとしていないんです。

ユイロの場合、転校したあとの生活は、ひとりで整えるものではありません。私たちの学校では、一人ひとりに担当の先生がついて、毎週かならず1対1で話す時間を設けています。

たとえば生活リズムの話なら、ユイロは「毎朝7時に起きるべき」から始めません。そもそもどんな生活を送りたいか。いまの自分は何を大切にしたいのか。心と体が安心できる、自分に合った生活のリズムを、先生と一緒に見つけていきます。

だから、もしユイロ高等学院を選択肢の1つとして考えてくれるなら、ひとりでやりきれるかどうかを、転校の条件にしなくて大丈夫です。

転校する勇気とは怖いまま選ぶこと

転校は、してもしなくてもいい。私はいつもそう伝えていますし、『転校の教科書』にも「転校しない人にこそ読んでほしい」と書きました。「あの学校も選べるけど、自分の意志でこの学校を選んでいる」と言える状態になるだけで、気持ちは軽くなるからです。迷った末に残ると決めるなら、それも立派な「選んだ」です。

でも、この記事は、「頭では転校したほうがいいと分かっているのに、心がついていかない」というあなたに向けて書いています。もしそうなら、私は、あえて、リスクを取るほうをおすすめします。変化の先は分からなくても、そこには変われる可能性がある。変化のない、安全に見える道は、消耗が確実だからです。

怖さは、たぶん消えません。失う痛みを2倍に感じる心の仕組みは、決める瞬間も動き続けているからです。でも、「転校する勇気」の正体は、怖さが消えることではないと思うんです。怖いまま、それでも「どこへ向かうか」を自分で選ぶこと。向かう先を自分で選んだのなら、それは逃げではありません。

ひとりで決めるのが苦しいときは、学校と家族以外の大人にも、話してみてください。ユイロの公式LINEでも、転校の相談をいつでも受け付けています。お気軽にご連絡ください。

▼ユイロ公式LINE
https://page.line.me/176gjpyj

「転校するかどうか、決められない」という相談を受けるたび、背中を押す言葉と、押しすぎない言葉のあいだで、私も毎回迷います。今日は「頭では転校したほうがいいと分かっているのに、心がついていかない」という方に向けた記事なので、押す側のメッセージを書きました。心がすり減ることが確実だと分かっている道を「安全だから」と選んでほしくなかったからです。怖さの正体を知るだけで、すこしでも転校する勇気を持てる人が増えたら、と願っています。

(※1)ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(村井章子訳、早川書房、2012年)。損失回避の研究では、人は損失を同等の利得よりおよそ1.5〜2.5倍重く感じるとされています。本文では「約2倍」と表記しました。