5月29日に出した新刊『転校の教科書~学校にモヤモヤを感じたら読む本~』(通称、転校本)には、「みんなの転校体験談」という章があります。実際に転校を経験した子たちに話を聞いて、漫画イラストレーターの川口真目さんと一緒に、漫画にしてまとめたものです。
転校本に掲載している「みんなの転校体験談」、1話まるごと紹介します。 今日は、四人目。Rさん(仮称)の話です。
今回は、Rさん本人とお母さんの2人が、交互に語ってくれた物語です。
松下 雅征(まつした まさゆき)
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Rさんは、学校特有の「してはいけない」という空気が苦手で、中学で不登校になった子です。中2の秋、公立中学校に在籍したまま、オンラインのフリースクール(ユイロ中等部)へ転校。高校受験では、第一志望の都立チャレンジスクールに合格し、いまは高校生です。まずは、2人の物語を漫画でどうぞ。読み終えたあとに、私が感じたことを少しだけ書きました。 |
ここからは、私がこの話を聞いて感じたことです。
Rさんの話で考えさせられたのは、学校に行けなくなった理由に、はっきりした「事件」がないことです。いじめられたわけでも、先生と衝突したわけでもない。話してはいけない。動いてはいけない。授業中に水分を摂ってはいけない。ひとつひとつは小さな「してはいけない」の積み重ねが、Rさんには重かった。中学生になると、1日休んだら時間割がわからない、移動教室が多い、宿題が多い。「してはいけないこと」は、さらに増えていきます。
「学校で何かあったの?」「いじめられてるの?」。心配して原因を探すほど、Rさんは答えられなかったんだと思います。理由をひとことで説明できない不登校が、あります。本人にもわからないことを問い詰められるのは、責められるのと同じくらい、苦しいことかもしれません。
お母さんも、追い詰められていました。「もっと怒ったほうがいいよ」「無理にでも連れて行かないと」。まわりの声は、心配から出た言葉だったと思います。でも、励ましたり、怒ったり、一緒に泣いたり、もう散々やってきたお母さんに、その言葉は重くのしかかる。この物語の転機が、沖縄に単身赴任中のお父さんを頼って、家族で抱え方を変えたことだったのが、私はとても大事なところだと思っています。ひとりで抱えない。学校からも、いつもの家からも、いったん離れてみる。
もうひとつ、忘れられない場面があります。昼に起きたRさんが、「お母さんは仕事だ。せめて家のことを手伝わなきゃ」と、ご飯を炊いていたところです。学校に行けない子どもは、何も考えていないわけじゃない。むしろ、家族のことまで考えて、自分を責めています。
第一志望の合格発表のあと、Rさんはお母さんに種明かしをします。「実は僕、落ちてもいいやって思えたんだ」「いま通っているユイロには高等部もあるでしょ。だから、もし受験に失敗してもそこに通えるから、O高校の受験に挑戦しようと思ったんだ」。
逃げ道は、逃げるためだけにあるんじゃない。挑戦するためにある。「失敗してもいい」と思える場所があったから、Rさんは「とりあえずやってみる」ことができた。退路を断って背水の陣で挑むより、帰れる場所があるほうが、人は思い切って挑戦できるんだと、Rさんの言葉があらためて教えてくれました。
ユイロ高等学院の詳細はこちら:https://yuiro.org/school
挑戦の中身も、Rさんが自分でつくったものでした。通信制もいいけど、将来働くことを考えて、校舎に通える高校がいい。そう自分で考えて、2ヶ月かけて志望動機書を書き上げ、自分からお母さんに面接練習を頼む。「この学校に行きたい理由」「ここで何をしたいのか」を、何度も消しては書き直す。あれは、「行きたい」を自分の言葉にしていく過程だったんだと思います。
そのきっかけのひとつが、担当のM先生との出会いだったのも、印象的でした。北海道と2拠点生活をしながら働くM先生に、Rさんは衝撃を受けます。「働くって、会社に勤めるイメージしかなかった」。学校の外の大人に出会うと、働き方や生き方のイメージが広がる。進路を考えるより前に、まず「こんな大人もいるんだ」と知ること。その順番も、Rさんの物語のなかに詰まっている気がします。
今日も松下のブログを読んでくれてありがとうございます。私がいちばんぐっときたのは、お母さんが廊下で、Rさんがひとりで面接練習をしている声を聞く場面です。「学び直しができる環境だと感じたからです!」。学校に行けなくて落ち込んでいた子が、自分から「行きたい」と言える場所を見つける。その声を、お母さんが偶然聞いてしまう。ドラマみたいな場面にリアルで遭遇できるのは、本当に幸せなことでした。