本には書けない話|13歳からの進路相談 著者・松下雅征のブログ

「学校に行きたくない」と泣く朝に。休ませるか行かせるかは、体で決める|本には書けない話|13歳からの進路相談 著者・松下雅征

「朝になると、「学校に行きたくない」と泣きます。休ませるとクセになりますか?」

「行き渋りが2週間続いています。無理にでも連れて行くべきか、休ませるべきか、判断基準はありますか?」

保護者の方からのご相談で、いちばん多いのがこの質問です。夏休みのあいだは少し落ち着くのですが、2学期が近づくと、また増えはじめます。

質問の形はさまざまですが、共通しているのは、「何が正解かわからない」という不安だと思います。休ませたら、そのまま学校から遠ざかってしまう気がする。無理に行かせたら、追い詰めてしまう気がする。どちらを選んでも間違いになりそうで、朝が来るたびに、玄関で立ちすくんでしまう。

 松下 雅征(まつした まさゆき)

今日は、「休ませるべきか、行かせるべきか」というご相談に、お答えします。結論はシンプルで、心ではなく、体で判断する話です。

※このテーマは、ポッドキャスト番組「不登校の進路相談ラジオ」でも話しています。音声で聞きたい方は、本記事の最後にどうぞ。

正解がわからないのは親の力不足ではない

休ませるか行かせるかを迷うとき、親が見ようとしているのは、子どもの「心」だと思うんです。これは甘えなのか、それとも限界のサインなのか。原因は友達関係なのか、勉強なのか。心の中身がわかれば、正解が選べる気がする。

でも、心は外から見えません。それどころか、本人にも見えていないことが多いんです。「なんで行きたくないの?」と聞いても、「わからない」と返ってくる。実際、検索エンジンには「学校 行きたくない 理由 わからない」という言葉が、数え切れないほど打ち込まれています。理由を言葉にできないまま朝を迎えている子が、それだけいるということです。

これは、子どもだけの話ではありません。大人だって、会社に行きたくない朝、それが疲れなのか、甘えなのか、限界のサインなのか、自分では判定できない。自分の心でさえ見えないのだから、子どもの心を外から見分けるのは、もっと難しい。

つまり、正解がわからないのは、親の力不足ではないんです。見えないものを判断基準にしているから、わからなくなる。それだけのことなんです。

心とちがって体は観察できる

では、何で判断するか。見えるもの、つまり体で判断します。

眠れているか。食べられているか。朝、布団から体が起き上がってくるか。お腹や頭は痛くならないか。表情は暗くなっていないか。笑う回数は減っていないか。

心とちがって、体は観察できます。子どもは、親のことが大好きだから、期待に応えたくて、心配をかけたくなくて、限界まで元気なフリをします。それでも、フリでつくれるのは心の見た目までで、食欲と睡眠と涙は、ごまかしにくいんです。

ただ、「にくい」と書いたのには、理由があります。なかには、体のサインごと、うまく隠してしまう子もいるからです。いくら観察していても、気づけない場合はある。それは、親が鈍いからではなく、子どもがそれだけ必死に頑張っているからです。だから、体を観察すれば必ず気づける、とは言えません。それでも、見えない心を推理し続けるよりは、ずっと確かな手がかりだと思うんです。

冒頭のご相談を、もう一度見てください。「朝になると泣きます」。涙は、体のサインです。泣くほどの負荷が、もう体にかかっているということです。「甘えかどうか」を推理する段階は、実は過ぎていて、体が先に答えを出している。だから、体にサインが出ているなら、休ませてあげてほしいんです。

1つだけ、補足させてください。眠れない・食べられない状態が何日も続くときは、学校に行く行かないの前に、体の問題として、医療機関に相談してください。体のサインで判断するというのは、体のサインを軽く見ないことと、セットです。

今日休んでも何も決まらない

「休ませるとクセになりますか?」という言葉の奥には、こんな怖さがあるんじゃないかと思います。今日の1日が、ずっと休む入口になってしまうんじゃないか。今日を境に、何かが決まってしまうんじゃないか。

でも、今日休むことと、この先どうなるかは、別の話です。今日休むかどうかは、今日の体で決める。明日のことは、明日の体で決める。今日の1日に、この先の人生まで背負わせなくていいんです。

むしろ、と思うことがあります。ユイロ高等学院(通信制)に転校してくる生徒の話を聞いていると、しんどさを我慢して通い続けた期間が長い子ほど、回復に時間がかかる、と感じることが多いんです。体のサインを無視して行かせ続けることのほうが、あとに残るものが大きい。

「行ってほしい」という親の気持ちが強いほど、かえって行けなくなる。この話は、以前のブログ「夏休み明け、子どもが突然学校に行けなくなった保護者と話したこと」に書きました。あわせて読んでもらえたら嬉しいです。

行くか休むかの二択にしない

もう1つ、お伝えしたいことがあります。「無理にでも連れて行く」か「休ませる」か。この二択で考えると、それだけで苦しくなります。実際の選択肢は、あいだにたくさんあるんです。

2時間目から行く。保健室や図書室で過ごす。午前中だけで帰ってくる。今日は休んで、明日の朝にまた考える。どれも立派な選択肢です。

そして、体のサインは毎日変わります。だから、判断も毎日変えていい。昨日行けたから今日も行けるはず、と考えなくていいし、昨日休んだから今日もダメだろう、と身構えなくてもいい。毎朝、その日の体に聞く。それで十分なんです。

別の道を知ると怖くなくなる

それでも、休ませるのが怖い。その気持ちの根っこには、道が一本に見えている、ということがあると思います。いまの学校に通い続ける道しかないと思っていると、1日休むたびに、その道が細くなっていく気がする。「クセになるのが怖い」の正体は、「道がなくなるのが怖い」なんです。

でも、道は一本ではありません。転校して環境を変える道もあれば、通信制の学校で自分のペースで卒業する道も、フリースクールという道もあります。実際に移るかどうかは、どちらでもいいんです。「いざとなったら、別の道がある」と知っているだけで、1日休ませることが、ずっと軽くなる。親の心に余裕が生まれると、それは必ず、子どもに伝わります。

その「別の道」を学年別にまとめたのが、『転校の教科書』(2026年5月29日発売)です。転校する人のための本というより、転校しない人も「こんな選択肢がある」と知っておくと気持ちが楽になる、という本です。お守り代わりに、そばに置いてもらえたら嬉しいです。

2学期がはじまって、もし「行きたくない」と言われたら。お子さんの心の中を推理する前に、体を見てあげてください。眠れているか。食べられているか。泣いていないか。答えは、心の中ではなく、体に出ているかもしれません。

このテーマは、ポッドキャスト番組「不登校の進路相談ラジオ」でも話しています。夏休み明けの「行きたくない」を正面から扱った回で、「休ませるべきか」に迷ったときの、お守りになると思います。

 

今日も松下のブログを読んでくださりありがとうございます。「体のサインを見過ごさない」と偉そうに書きましたが、私自身は昨日、体の疲れを感じるなかで、仕事の締切を言い訳に夜ふかしをしてしまいました。ザ・医者の不養生。正しいとわかっていても、なかなか実行するのは難しいですよね。